洛陽三十三所観音巡礼は、後白河天皇が、広域で巡礼が困難な西国三十三所巡礼に代わるものとして平安時代末期に定められたのが起源だといわれています。
室町時代の永享3年(1431)頃には、行願寺に始まり北野天満宮に終わる三十三の札所が定着しました。

その後、応仁の乱などによる札所廃絶で、洛陽三十三所観音巡礼は衰退を余儀なくされておりましたが、江戸時代に再び巡礼が行われるようになります。
寛文5年(1665)には、霊元天皇の勅命により中興され、三十三の札所が定められ、六角堂に始まり清和院に終わる順路が一般的となりました。
当時、多数出版された京都の名所案内記にも記されるようになり、現世と来世の安楽が得られるとして、貴族から庶民に至るまで多くの巡礼者を集めたといわれています。

京都には古くから7ヵ所の観音を巡る七観音参詣の風習がありますが、洛陽三十三所は京都独自の観音巡礼の継承・発展という面と西国巡礼の模倣・移植という2つの面があります。
大変興味深い系譜をもちますが、いずれにしてもより身近に観音様のご利益を得られるのが、この洛陽三十三所観音巡礼の魅力といえるでしょう。

今日、世の中を見回すと非常に殺伐としております。
「心の時代」といわれて久しくなりますが、今こそ日々に感謝し、心豊かに生きる素晴らしさに気づくべきでしょう。

この度の平成の復興は由緒ある札所巡礼の歴史を踏まえ、その意義を再確認し、改めて札所を定めたものです。
より多くの方が、お近くの札所に気軽に参拝いただけるようになれば、幸いです。

出所:『洛陽三十三所観音巡礼』