京洛八社
しも ご りょう じん じゃ
下御霊 神社
祭神 
ご利益疫病退散・病気平癒
住 所
電 話
URL
備 考

 本殿祭神は、何れも国家の為に御尽くしになった方々ですが、事に坐して冤罪を御受けになり遂に薨去せられたのであります。

 平安時代の人々は、疫病が流行し災害が起こるのは貴人の怨霊が原因だと考え、慰和する事により御加護を得る「御霊会」が各所で行われるようになりました。

 文献上最古の御霊会は貞観五年(八六三年)五月二十日に神泉苑にて行われたもので、その時に祀られた御霊六座に二座加わった八座が当社の御祭神であります。

 かくして疫病退散、都民擁護、朝廷御守護の神社として祟敬されてきました。

出所:『下御霊神社 由緒概略』ちらし


 もともと下御霊神社は、一条の北、京極の東にあった下出雲(しもいずも)寺の鎮守として仁明天皇の創建と伝えられています。

 御祭神の吉備聖霊=吉備真備、火雷天神=菅原道真とする説もありますが、神社側はこれを否定されています。

更新日:2019/01/26