神仏霊場 奈良14番 |
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聖徳宗 |
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聖徳太子が、生母の穴穂部間人皇后のために建立したと伝えられる中宮寺は、法隆寺東院のすぐ隣にこぢんまりと建っている。
かつては現在地より500メートルほど東にあって、塔と金堂が南北に並ぶ四天王寺式の大伽藍を営んでいた。
創建は、若草伽藍とよばれる創建法隆寺と、ほぼ同じころと考えられている。
鐘楼や僧房などを備えた伽藍は、12世紀に大規模な修復を行なった記録があるが、以後は衰退し、文永年間(1264〜75)に興福寺の信如尼が再興に尽力した。
寺には、「天寿国繍帳」という寺宝がある。
聖徳太子を偲び、妃の橘大郎女が太子の往生した天寿国(極楽浄土)のさまを刺繍で作らせた、いわゆる曼荼羅だ。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋