神仏霊場 奈良15番 |
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霊山寺真言宗 |
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矢田丘陵を背にした富雄は、『記紀』には登美や鳥見と記される里。
ここに、壬申の乱に加担したことで右大臣を退いた小野富人が、閑居して薬師如来を祀ったことにはじまるという古刹である。
富人は薬草湯屋を造り、人々の病を治していたことから、鼻高仙人とよばれていた。
その仙人が聖武天皇の夢枕に現われ、「皇女(のちの孝謙天皇)の病は登美山の薬師如来に祈念すれば治る」と告げた。
天皇が行基に代参させると、病が平癒。
そこで734年(天平6)、行基に命じて伽藍を建立させたという。
736年(天平8)にはインド僧の菩提遷那が、インドの霊鷲山に地相が似ていることから、霊山寺と名づけたという。
寺域からは奈良時代の瓦が出土し、8世紀の創建を裏づけている。
山号は鼻高山。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋