神仏霊場
奈良24番
たん ざん じん じゃ
談山神社
主祭神
住 所
電 話
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備 考37番

 標高619メートルの多武峯とうのみね山頂に鎮座する談山神社は、藤原鎌足かまたりまつる神社だが、明治初期に神仏分離の政策が行なわれるまでは、鎌足の墓所として創建された寺院だった。
 鎌足が死去したのは、669年(天智8)。 その遺体は次男の藤原不比等ふひとにより摂津せっつ阿威あい山に埋蔵されたが、長男の定慧じょうえが唐から帰国したのち、弟の不比等と相談のうえ遺骨を多武峯に改葬。 678年(天武7)に十三重塔を築き、堂宇を建てて妙楽寺みょうらくじと号した。 さらに701年(大宝1)には聖霊院しょうりょういんといういわゆる御影堂みえいどうを建て、鎌足の木造を安置した、と縁起は記している。
 談山神社は、この聖霊院が発展したもの。 談山の名は、ここで鎌足と中大兄なかのおおえ皇子が蘇我そが氏討伐のクーデター、大化の改新を相談したという裏手の談山かたらいやまに由来する。

出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋