神仏霊場 京都11番 |
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京福電鉄嵐山本線に乗って車折神社駅で下車。
駅前正面の、緑に包まれた神社である。
古くこの地は、天武天皇の皇子舎人親王に連なる清原氏の菩提寺宝寿院の境内で、本殿は、清原真人頼業の墓所であったと伝えられている。
頼業は、12世紀、後白河法皇の近臣で、儒学者。
律令制下で重んじられた論語などの明経道にすぐれ、高倉天皇の侍読をつとめた。
九条兼実から「明経道の棟梁」と称された。
『春秋左氏伝』にも精通した。
1189年(文治5)薨去。
「車折」の名は、後嵯峨天皇が大堰川行幸の途中、この前で、突然、牛車の轅が折れたために、天皇からその社号を贈られたのがはじまりと伝える。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋