神仏霊場 京都34番 |
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天台宗 |
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京都御所の東南、寺町通に面してある。
「霊麀山」を山号にした正式な寺号よりも「革堂さん」という俗称で親しまれている。
もと一条小川新町にあって一条北辺堂と称した。
1004年(寛弘1)、行円上人が修行の途中に立ち寄り、賀茂明神から授かった神木で千手観音像を刻んで堂内に安置し、行願寺と改めて開山となったのをはじまりとする。
行円は
あるとき、山中で一頭の鹿を射る。
見ると鹿は、身ごもった雌鹿で、行円は殺生を深く悔い、仏心を起こして諸国の霊山で修行する。
いつも頭に仏像をいただき、身には経文を書いた鹿皮をまとっていたので、市中の人々から「革聖」とも「革上人」ともよばれるようになった。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋