神仏霊場 京都39番 |
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天台宗 |
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京都国立博物館の東、東大路通に西面して総門が開かれる。
南隣には智積院が並んで建つ。
妙法院は、南西の千一体の千手観音で名高い蓮華王院(三十三間堂)と一体であることはあまり知られていない。
山号の南叡山が示すように、もとは比叡山にあり、天台座主となった快修が住した比叡山西塔の本覚院(別名、妙法院)にはじまる。
1159年(平治1)、譲位した後白河上皇は東山の阿弥陀ケ峰西麓に院の政庁・法住寺殿を造営、今熊野社と新日吉社を創建した。
このとき、比叡山妙法院の昌雲を、新日吉社の検校職(別当)に任じた。
ここに比叡山の一坊の妙法院は、里坊として市中に下りたことになる。
妙法院は、青蓮院、梶井門跡(三千院)とともに宮門跡寺院である。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋