神仏霊場 滋賀1番 |
|
|
「お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢お多賀のお子じゃもの」と、江戸時代はもとより、明治の鉄道開通で全国から参拝者が列をなした。
神門前に太鼓橋が架かる。
名称は「太閤橋」で、秀吉の寄進を受けて奥書院・蔵とともに築造されたという。
社殿前の境内は広々としており、常緑の神の森が社殿を包む。
千木を乗せた檜皮葺き・流造りの本殿の左右に回廊、前に入母屋造りの拝殿がある。
『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海の多賀にまします」とある。
伊邪那岐・伊邪那美の両神は、天照大神をはじめ八百万の神々などを産んだ。
その後、伊邪那岐大神は、琵琶湖を西に望む杉坂山に降臨し、多賀の霊地に鎮座した。
出所:『神と仏の道を歩く』から抜粋