序

菅公に関する書物は多種あれども、何を申すも、御人となり厳格にして誠実一貫、加うるに儒学を以て立ち給い、忠孝一偏にして邪を退け、天満大自在天神と仰がれ給う御神なれば、説く所の書も皆堅きに過ぎ、武勇伝の如く興味なければ随いて一般読者に適せず、ただ特別なる研究者に限られ、又小学校及び中等学校程度の教科書とても御事跡の一端を記載せるに過ぎず。 只菅公は何事にも優れさせ給いし、実にあらたかなる神として最上の崇敬を払えども詳細なる御事跡を知るものの稀なるは大に遺憾とするところなり。 まして当村民とても御伝記の一端を区々に口伝するのみにて、菅公と吉祥院天満宮との関係は如何なるものなるや、又如何なる御事跡の存するやを詳かにする者少きは慨歎の極みと云わざる可らず。 されば予常にこれが詳細なものを編纂し、当社の特に御由緒深き所以を顕すと共に御神徳の高きを弥益しに輝かし御神慮の程も慰め奉らんと日常意を用いしも時を得ず今日に至る。

時恰も昿古の御盛典を挙げさせ給う御目出度き御年なるを以て、菅公一千二十五年祭を一年延期して本年四月二十四、五、六日の三日間大祭を執行し、且つ府社に昇格申請の手続に及ばんとする千歳一遇の好期を記念として其編纂に着手し、微力ながらも数年の星霜を費して完全なる吉祥院天満宮誌をものせんとの志願を発表せしが、 氏子中より速成せんことの希望切なりしを以て、二月下旬より昼夜兼行調査に尽力せしかども予薄学無才盲人同様の身なるが上に、昔日当社文庫焼失して古文書全く失われ、当社に関する纒りたる書類も無ければ、種々の書籍及雑記文中より拾い集むるものなれば事はかどらず、加うるに御大祭並御大典事業に時を移し、事急に短日月を以て編みしものなれば、自然文章推考の暇なく順序も統一も欠けたるは慚愧の至りに堪えず。

本意、当社及当村の事跡を証明する事を主眼としたるを以て重復^[1]個所も多々ありと雖後世の参考ともなれば煩わしきを厭わず書き記したり。 然れども誤謬脱字並事実の相違も多々あらんことを恐る。 されば今後益々研鑚し斯道に明かなる人の指導と援助に依りて改訂せんとす。 又諸記録全部書き上ぐるには今後多くの時日を要すべければ略して後日編纂せんとす。 願くば予が心意を諒せられんことを望み以て序となす。

昭和三年十二月二十五日

吉祥院天満宮神司　石原（菅原）定正謹書