吉祥院天満宮詳細録 第五章 | p152 - 159 |
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摂津より筑紫までの守衛は左衛門少尉善友朝臣と左右兵衛二人を具して見送り奉る此時の官符は左の如し。
太政官符二太宰府一左衛門少尉正六位上善友朝臣益友、左右兵衛各一人、右件人為レ領二送権師[1]従二位菅原朝臣一、発遣如レ件、府宜レ承二知之一但任中雑俸料並監従及不レ領二厘務一依二前員外師[1]正三位藤原朝臣吉野例一行之又山城摂津等国旡[2]レ給二食馬一路次国亦宜レ准レ此
昌泰四年正月廿七日
かかる厳しき御沙汰なれば御道中の御不自由は申すも中々おろかなり。
菅公の御姨君の覚寿尼は河内の道明寺に住ませ給えば御暇乞いのため立ちよらせ給い御一宿ありて明る朝別れを惜みて詠み給う。
啼ばこそわかれをいそげ鳥がねの
聞えぬ里のあかつきもかな、
それより此里に鶏をかわずとなむ伝う。
播磨国明石の駅に至りて往年讃岐守にて往還宿をとられし御旅館に着き給いしが思い掛けずあやしみたる気色なれば菅公は
駅長無驚時変改 一栄一落是春秋
主人涙を流して御跡を慕い奉りしとぞ堵これより御舟に召され筑紫に向わせらる道中風波によりて御舟のつきたる所多くありしか山陽道には処々に天神の社あり。
三月の始め筑紫袖湊にて御上陸し給いしが敷物もなければ舟人は帆綱を円座の如く巻きて其の上にすえ奉る。
今綱敷天神と申は此時の御姿なり、かくて大宰府に至り御配所にて明し暮し給うほど哀れに悲しき事多し、折ふし作らせ給える詩を少々書き記るさんとす。
離レ家三四月、落涙百千行
万事皆如レ夢 時々仰二彼蒼一
読二楽天北牕三友詩一有レ感作二長編一
白氏洛中集十巻 中有二北牕三友詩一 一友弾レ琴一友酒
酒与レ弾レ琴吾不レ知 雖レ不レ知能得レ意 既云レ得レ意無レ所レ疑
酒何以成麹和レ水 琴何以成桐播レ糸 不レ須一曲煩用レ手
何必十分便開レ眉 雖レ然二者交情浅 好去我今苦拝辞
詩友独留真死友 父祖子孫久要期 只嫌吟咏渉二歌唱一
不[3]発二干[4]声一以二心思一 身多二忌諱一無[5]新意一 口有二文章一摘二古一[6]詞
古詞何処問鈔出 官舎三間白茅茨 開レ方雖レ窄南北定
結レ宇雖レ疎戸牗宜 自然屋有二北牕在一 適来良友穏相依
無レ酒琴無レ何物足 紫燕之雛黄雀児 燕雀殊レ種遂生レ一
雌雄擁護逓扶持 馴狎焼香散華処 不レ違念仏読経時
感応不レ嫌不レ厭 且知無レ害亦無レ機 喃々嘖々知二合語一
一虫一粒不レ致レ飢 彼是徴禽我儔者 而我不レ知二彼多慈尚書[7]
嫡男右少弁高視 左降士左[8]権守 |
右丞旧提レ印 | 吏部良中 | 二男式部大 丞景行叙爵 |
新著レ緋 | 侍中 | 三男蔵 人兼茂 | 含レ香忽下レ殿 | 秀才 | 四男秀 才淳茂 | 翫レ筆尚垂レ惟 |
自二従勅使一駈将去 父子一時五処離 口不レ能レ言眼中血
俯仰天神与地祇 東行西行雲渺々 二月三月日遅々
重関警固知聞断 単寝辛酸夢見稀 山河邈矣随レ行隔
風景黯然在レ路移 平到二謫所一誰与レ食 生及二秋風一定無レ衣
古之三友一生楽 今之三友一生悲 古不レ同レ今々異レ古
一悲一楽志所レ之
賦二不出門二[9]
一従三謫落就二柴荊一 万死競々跼蹐情 都府楼纔看二丸色一
観音寺只聴二鐘声[10] 中懐好逐二孤雲一去 外物相二逢満月一迎
此地雖三身無二検撃一 何為寸歩出レ門行
聞二旅雁声一
我為二遷客一汝来賓 共是蕭々旅漂身 欹レ枕思量帰去日
我知二何歳一汝来春
九月九日
一朝逢二九日一 合レ眼独愁臥 菊酒為レ誰調 長斎終不レ破
九月十日
去年今夜侍二清涼一 秋思詩編独断腸 恩賜御衣今在レ此
棒持毎日拝二余香一
夕煙 | 夕ざれば野にも山にもたつ煙 なげきよりこそ燃まさりけれ |
雨日 | あめの下かくるる人のなければや 着てし濡衣ひるよしのなき |
日 | 天の原あかねさし出る光には 何れのくまかさえのこるべき |
月 | 月ごとに流ると思いします鏡 西の空にもとまらざりけり |
星 | 天つ星道もやどりもありながら そらにうきてもおもほゆるかな |
雲 | 山別れ飛び行雲のかえり来る 影見る時は猶たのまれぬ |
霧 | きり立ちて照日の本は見えずとも 身はまとわれじよるべありやと |
山 | 足曳のこなたかなたに道はあれど 都へいざという人のなき |
野 | つくしにも紫おふる野べはあれど 無名かなしむ人ぞきこえぬ |
海 | 海ならで湛える水の底までも 清き心は月ぞてらさむ |
波 | 流れ木と立つ白浪とやくしおと いづれがからきわだつみの底 |
鵲 | ひこ星の行合を待つ鵲の 渡せる橋をわれにかさなむ |
柳 | みちのえの朽木のやなぎ春くれば あわれ昔もしのばれぞする |
風 | 花もちり紅葉もちらす一枝に ふきなす風をいかがうらみむ |
無罪 | 天の下のがるる人のなければや きてしぬれぎぬひるよしもなき |
[1] | 「帥」の誤字と思われますが、原文通り表記します。 |
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[2] | 「无」の誤記と思われますが、原文通り表記します。 |
[3] | 返り点「レ」が抜けているように思われます。 |
[4] | 「干」と書かれていますが、「千」の誤植かもしれません。 |
[5] | 返り点「二」が抜けているように思われます。 |
[6] | 「古詞一」の誤記のように思われますが、原文通り表記します。 |
[7] | 返り点「一」が抜けているように思われます。 |
[8] | 「土佐」の誤記と思われますが、原文通り「士左」と表記します。 |
[9] | 返り点「一」の誤記のように思われますが、原文通り表記します。 |
[10] | 返り点「一」が抜けているように思われます。 |
更新日:2021/01/17