吉祥院の神社 三ノ宮神社 |
「三宮神社」あるいは「三ノ宮神社」と表記される神社は日本全国に存在しますが、その名前の由来としてWikipediaには次の3種類があげられています。
三宮の地名の元になった神戸市中央区三宮町にある三宮神社は、生田神社の摂社で、生田裔神八社のうちの3番目というのが名前の由来(c)だそうです。
三ノ宮神社 |
祭 神 | 春日大社、石清水八幡宮、松尾大社 |
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創 建 | 不明 |
所在地 | 〒601-8319 南区吉祥院三ノ宮町 |
摂末社 | なし |
吉祥院の三ノ宮神社の社名は、Wikipediaの説明にあてはまらず、春日大社、石清水八幡宮、松尾大社の3社(3つの宮)を一緒に祀っていることが由来のようです。
松尾大社の境内末社で「松尾七社」のひとつに三宮社がありますが、その祭神は玉依姫命で、吉祥院の三ノ宮神社と異なります。 また、右京区西京極北裏町に松尾大社の境外末社の三宮神社がありますが、こちらも祭神は玉依姫命・大山祇神・酒解神の3柱で、やはり吉祥院の三ノ宮神社とは異なっています。
さて、ここからは私(管理人)の大胆な仮説です。
慶応2年(1866)に作られた『分見山城国細図』を見ると、中河原と新田の間に野里という集落が記されています。 村として独立はしていませんでしたが、この地図を見る限り、吉祥院村内の枝村に近い大きな集落だったと考えられ、三ノ宮神社の所在地はこの野里と一致しています。
国立国会図書館所蔵 『分見山城国細図❐(部分)』
野里の人たちは、隣接する中河原村や新田村が松尾神社を祀っているので、自分たちも松尾神社をお祀りしたいと考えた。 しかし、吉祥院村には菅原道真誕生の地と伝わる吉祥院天満宮がある。 豊臣秀吉の勘気をこうむって社領を没収され、江戸時代以降に衰微していたとはいえ、氏神・産土神としての吉祥院天満宮を無視することはできない。 そこで、松尾大社に石清水八幡宮と春日大社を加え、三ノ宮神社という名でカモフラージュして松尾大社を私的にお祀りすることにした。
この仮説、いかがでしょうか?
更新日:2018/12/01