京都五山

 京都五山(きょうとござん)とは、臨済宗の寺格である五山・十刹(じっせつ)・諸山(しょざん)のうち、最上位の五山に位置付けられた京都の寺院です。

位次 京都五山 鎌倉五山
別格上位 南禅寺
1第一位 天龍寺 建長寺
2第二位 相国寺 円覚寺
3第三位 建仁寺 寿福寺
4第四位 東福寺 浄智寺
5第五位 万寿寺 浄妙寺

 五山制度は政府が特別の保護を与えて官寺を管理するための制度で、鎌倉幕府によって中国・南宋から導入されました。 建長3年(1251)、建長寺など鎌倉中心に制定されたようですが、どの寺が五山に列せられていたかは定かではありません。

 鎌倉幕府の滅亡後、建武元年(1334)には京都中心に新たな五山が制定されました。

 さらに暦応4年(1341)、室町幕府は建立した天龍寺や鎌倉の寺院を加えて新たな五山の位次を定めましたが、 この時から五山の意味が本来の五大官寺から最高位の寺格に転化しました。

位次 建武元年(1334)の五山 暦応4年(1341)の五山
1第一位 南禅寺[大徳寺と同格] 南禅寺、建長寺(鎌倉)
2第二位 東福寺 天龍寺、円覚寺(鎌倉)
3第三位 建仁寺 寿福寺(鎌倉)
4第四位 建長寺(鎌倉) 建仁寺
5第五位 円覚寺(鎌倉) 東福寺
6准五山 浄智寺(鎌倉)

 その後、五山は足利将軍家の意向で決定されるようになり、臨川寺が五山に加えられたり外されたり、大徳寺や妙心寺が格下げされたりと改定を繰り返します。

 至徳3年(1386)、将軍義満の建立した相国寺を五山に加え、五山を京都と鎌倉に分割して南禅寺を五山の上の別格とする制度改革が行われました。 これで五山の位次が固定し、現在に至っています。

京都尼五山

 京都尼五山(きょうとあまござん)とは、室町時代に五山制度に倣って尼寺に導入された臨済宗の寺格「尼五山」に位置付けられた京都の寺院の総称です。

 五山と同様、京都尼五山の他に鎌倉尼五山もありますが、多くの寺院が応仁の乱後に衰微・廃絶し、残った寺院も男性住持に改めたり改宗したりして尼寺の形式を失っています。

京都尼五山 鎌倉尼五山
1第一位 景愛寺[1](廃寺) 太平寺(廃寺)
2第二位 護念寺 東慶寺
3第三位 檀林寺[2](廃寺) 国恩寺(廃寺)
4第四位 恵林寺(廃寺) 護法寺(廃寺)
5第五位 通玄寺[3](廃寺) 禅明寺(廃寺)
[1]景愛寺の法脈は、景愛寺の支院というべき宝鏡寺大聖寺に継承されています。
[2]昭和39年(1964)、檀林皇后の遺徳を偲んで檀林寺が再興されていますが、尼五山だった檀林寺とは直接関係がありません。
[3]通玄寺は曇華院と合併しました。

更新日:2021/02/23