街角の神さま |
京都の街角に祀られているのはお地蔵さんだけではありません。
旧街道沿いでよく見かける常夜燈には、「愛宕神社」「愛宕山」「愛宕山大権現」などの文字が刻まれています。 これは愛宕神社の道標であり、夜道の安全のために街灯の役目を果たすものですが、同時に火伏せ・防火に霊験のある愛宕神社への信仰の証でもあります。
企業では稲荷社(お稲荷さん)がよく祀られています。 稲荷神はもともと五穀豊穣を司る神でしたが、後に商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達などの守護神としても信仰されるようになりました。
京都の古い民家やお店では、魔除け・厄除けとして瓦製の鍾馗(しょうき)像が飾られていることがあります。 出入口の上あたりの下屋根(げやね)に置かれることが多いのですが、何せ高さ10〜30cmほどの像で最近はいろいろな場所に置かれるので、見逃すこともよくあります。
鍾馗像を飾るのは全国的な風習でなく、鍾馗さんについてご存知ない方も多いと思いますので、以下、簡単に説明します。
鍾馗は道教の神です。 もともと中国の唐代に実在した人物とも言われますが、定かではありません。 唐の第六代皇帝玄宗の夢の中に現れ、鬼を退治して帝の病が癒えたという話が広まったことから、道鏡の神として祭られるようになりました。
日本で鍾馗像が飾られるようになったのは江戸時代末(19世紀)頃からで、次のような謂れが伝わっています。
昔、京都の三条に薬屋が新しく店を構えて大きくて立派な鬼瓦を葺いたところ、お向かいの奥さんが原因不明の病に倒れてしまいました。 病を治そうと原因を探ると、薬屋の立派な鬼瓦によって跳ね返った悪いものが向いの家に入ってしまうからだということがわかりました。 そこで鬼より強い鍾馗さんを伏見の瓦屋に作らせ、魔除け・厄除けに据えたところ病が完治したということです。
最後に余談ですが、第二次世界大戦で使われた戦闘機のなかに「鍾馗」の愛称をもつものがありました。 迎撃戦闘機として本土防空の任務に就き敗戦まで活躍したそうで、魔物を撥ね返す鬼より強い鍾馗さんに託して付けられた愛称に心が痛みます。
更新日:2023/07/01