京都十六社
ろく そんの おう じん じゃ
六孫王 神社
祭神 六孫王大神(源経基)、
   天照皇大御神、八幡大神
ご利益 出世開運 家運隆昌 守護神
住 所
電 話
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備 考

 当社は 六孫王大神・天照皇大御神・八幡大神を主祭神としておまつり致しております。

 六孫王大神は清和天皇の〈孫〉にあたり 父は天皇の〈六〉男貞純親王の御子として生まれられ『経基』と名付けられましたが、呼称として『六孫王』と呼ばれていました。

 経基王は 文武両道に優れられ 日本歴史上に武将として最も名を後世に残した【清和源氏の始祖】で、源氏姓を賜り 承平・天慶の乱(939〜941)においても武家の棟梁として、平将門・藤原純友の起こした乱を鎮定され、世間の耳目を集めました。 後代には源頼朝・義経・義家・為朝・頼光・義仲等といった源平合戦を彩る武将が多数輩出し、足利・武田・新田・島津・細川・今川・山名・明智・徳川等といった大名が歴史を賑わすのであります。

 このように清和源氏の家系は大変出世された方が多く家運も子々孫々栄え、全国の信者様に御神徳を頂いたと喜ばれています。

 社紋は[牡丹]ですが、昔朝廷から提灯等下賜され菊紋を使うことを許されました。 また、六角紋の両側の模様は竜を形どってあります。

出所:由緒書ちらし


 源氏といえばなんとなく東国のイメージがありますが、清和源氏の始祖・経基王はここに住んでいたんですね。
 それから源実朝の夫人・本覚尼が夫の菩提を弔うために建立した大通寺(通称尼寺)も、元はこの神社の北側(現在はJR西日本の敷地)にありました。
≪神龍池と誕生水弁財天社≫
 中央の池(の跡)が神龍池です。 息子満仲の誕生の際、経基が池の側にある井戸の上に琵琶湖の竹生島から弁財天を勧請して安産を祈願し、井戸の水を産湯に使ったそうです。 その井戸が誕生水で、その上で弁財天を祀ったのが誕生水弁財天社です。
 一見何気ない弁財天社も、歴史を知ると興味深いものがあります。
≪拝殿≫
 拝殿の奥に見えるのが本殿で、その裏に経基の遺骸を埋葬した石積の神廟があるそうです。
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更新日:2017/02/19