洛陽三十三所観音 京羽二重大全 天明4年(1784)
京羽二重大全 現在
六角堂 誓願寺烏丸東へ入 頂法寺(六角堂)
長金寺 蛸薬師ノ辻子 「長金寺[1]」廃寺 /一言観音は誓願寺
※ 明治時代
下御霊 寺町通竹や丁上ル 下御霊神社 /観音像は成円寺[2]
革堂カウドウ 寺町竹や丁東行角 行願寺(革堂)
新長谷寺 吉田山入口 新長谷寺
※ 明治時代、現在地へ移転
吉田寺 黒谷 廃寺 /吉備観音は金戒光明寺
※ 寛文8年(1668)、吉田中山の吉田寺廃寺
長樂寺 東山丸山ノ南 長楽寺
七觀音院 寺ノ前 七観音院」廃寺?[3]
青龍寺 寺ノ辻子 青龍寺/伽羅観音
地藏院 清水子安の前 善光寺堂
十一 奥千手 清水寺 清水寺 奥の院
十二 清水寺 同 本堂 清水寺 本堂
十三 朝倉堂 清水寺 朝倉堂
十四 泰産タイサン 子安の塔 泰産寺
※ 明治43年(1910)、仁王門前から現在地へ移築
十五 六波羅密寺 松原建仁寺東入 六波羅蜜寺
十六 念佛寺 同町北側 愛宕念仏寺/厄除千手観音
※ 大正11年(1922)、現在地へ移転
十七 蓮花王院 三十三間堂 蓮華王院(三十三間堂)
十八 善能寺 泉涌寺ノ内 善能寺
十九 觀音寺 今熊野 今熊野観音寺
二十 泉涌寺 楊貴妃觀音 泉涌寺/楊貴妃観音
廿一 法性寺 伏見海道一ノ橋下ル 法性寺
廿二 成興寺 東九条からす丸 城興寺
廿三 東寺 大師堂東方 東寺
廿四 長圓寺 松原通大宮西へ入 長円寺
廿五 一音寺 松原西洞院西へ入 一音寺[4]
※ 平成2年(1990)以前に現在地へ移転
廿六 正運寺 四条坊門大宮西へ入 正運寺
廿七 觀音寺 下立賣七本松通 観音寺
廿八 西蓮寺 同 七本松西ヘ入 西蓮寺
廿九 長宝寺 大将軍町 「長宝寺[5]」廃寺 /観音像は成願寺[6]
※ 明治6年(1873)、神仏分離で三之保社として北野天満宮へ遷宮
三十 地藏院 同 紙や川ノ西 地蔵院
卅一 觀音寺 北野東向観音 観音寺
卅二 天王寺 北野紅梅殿前 「天王寺[7]」廃寺 /如意輪観音像は廬山寺
※ 明治7年(1874)、廬山寺と合併
卅三 清和院 七本松一条上ル 清和院/河崎観音[8]
[1]都名所図会(巻之一)」の中に以下の記述があります。 「長金寺は誠心院の西向ひなり 一言堂といふ 本尊十一面観音は弘法の作」
[2]田中緑紅編の「京のおもかげ」(1931-1937年刊)の続篇下37に「成円寺に残る下御霊観音堂 (大宮蛸薬師成円寺)」の記録があり、 また成円寺の門前には「洛陽 三番正観音 六番地蔵尊 成圓寺」と書かれた石標があります。
[3]七観音院は2018年に法人番号が更新されていますが、門や堂宇がすべて取り壊され、現在は更地になっています。
[4]昭和26年(1951)頃の京都を示した「京都市明細図」を見ると、五条天満宮(天使社)の西隣、下京区天神前町343に「一音寺」があり、 現在は跡地に平成3年(1991)8月完成のマンションが建っています。
伏見区深草谷口町にある真言宗醍醐派の一音寺が、天使山の山号をもつことから、移転先の同一寺院とみています。
[5]拾遺都名所図会(巻之一)」の中に以下の記述があります。 「長宝寺 大将軍の西にあり 本尊十一面観音は菅神の御作にて 」
[6]成願寺の長寳堂には「洛陽廿九番 長寳寺」の扁額が掲げられています。 なお、右京区花園艮北町5の成願寺(北野天満宮七保のひとつ七之保社)とは別の寺院です。
[7]都名所図会(巻之六)」の中に以下の記述があります。 「金山天王寺は北野社東の門通にあり 天台宗にして本尊如意輪観音は聖徳太子の作なり」
[8]現在は九州国立博物館に寄託されています。

更新日:2022/02/04