その他 | 京羽二重 宝永2年(1705) |
3.護念佛、舎利、庚申、元三大師
京羽二重 | 現在 | ||||
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護念佛 | |||||
用明天皇御護念佛 釋迦文佛 |
千本釈迦堂 | 大報恩寺 | 大報恩寺 | ||
惟高親王護念佛 観音大士 |
黒谷末寺 | 大雄寺 | 大雄寺/天明8年(1788)の大火で全焼 | ||
村上天皇御守本尊 聖観音鎧霊像 |
寺町今出川上三町目 | 佛陀寺 | 仏陀寺 | ||
後柏原院御護念佛
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上立賣小川西ヘ入上ル所 | 報恩寺 | 報恩寺 | ||
中将姫守本尊 十一面観音 |
寺町三条上ル町 | 天正寺 | 天性寺 | ||
同安置佛 弥陀 |
今宮御旅町一丁下東ヘ入 | 超勝院 | 超勝院 | ||
聖徳太子護念佛 如意輪観音 |
六角 | 頂法寺 | 頂法寺 | ||
蓮生法師安置佛 惠心弥陀廿五菩提[2] |
粟生野 | 光明寺 | 光明寺 | ||
清盛淨海守本尊 座像弥陀 |
西八条村 | 勝明寺[3] | |||
平小松内府重盛安置佛 弥陀春日作 |
寺町四条下ル町 | 淨教寺 | 浄教寺 | ||
源九郎義経守本尊 弥陀行基作 |
五条下寺町 | 万年寺 | 万年寺 | ||
太閤秀吉公御守佛 弥陀三尊 |
北野右近ばゝ下ル町 | 東光寺 | 東光寺 | ||
尊氏等持院御守佛 地蔵菩薩 |
五条下寺町 | 新善寺[4] | 新善光寺 | ||
舎利 | |||||
肉付佛牙 | 東山 | 泉涌寺 | 泉涌寺 舎利殿/仏牙舎利 | ||
同 | 嵯峨 | 鹿王院 | 鹿王院 舎利殿(駄都殿)/仏牙舎利 | ||
同 太平記八巻ニ出 | 小川寺ノ内上ル | 報恩寺 | 報恩寺 | ||
同 | 二条川原 | 善導寺 | 善導寺 | ||
同 | ちゑくはういん通南行當 | 松林寺 | 松林寺 | ||
佛舎利 阿育王所持 |
寺ノ内千本西ヘ入町 | 淨光寺 | 浄光寺 | ||
同三粒 光明后宮護念 |
報恩寺 | 報恩寺 | |||
同一万粒 天神一生敬礼 |
同寺 | 報恩寺 | |||
同 | 十月十五日開帳 | 松尾 | 松尾大社 「舎利殿[5]」廃絶 | ||
庚申 | |||||
青面金剛 | 八坂 | 金剛寺 | 金剛寺 | ||
庚申 | 白川はし下 | 金藏寺 | 「青蓮院塔頭 金蔵寺」廃寺 /庚申は尊勝院へ
※ 明治初年 |
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山王宮 | 室町佛光寺下町 | 日吉神社 | |||
元三大師 | がんざんだいし(良源) | ||||
比叡山 | 横川飯室 | 延暦寺 元三大師堂(四季講堂)・元三大師御廟(みみょう) | |||
粟田口 | 尊勝院 | 尊勝院 | |||
寺町今出川之南 | 盧山寺 | 廬山寺 元三大師堂 | |||
須广ノ町通[6]大宮ノ西 | 般舟院 | 般舟院 | |||
神楽岡 | 真如堂 | 真如堂 元三大師堂 | |||
祇園 | 本社之側 | 八坂神社 「元三大師堂[7]」廃絶 | |||
五条坊門西洞院 | 菅太神之内 | 菅大臣神社 「元三大師堂[8]」廃絶 |
[1] | [广]は[磨]の略字で、毘首羯磨(びしゅかつま)は架空の人物です。 |
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[2] | 原文中の ![]() |
[3] | 「史料京都の歴史 12下京区」P571の53勝明寺文書の項に以下の記述があります。
「其後平家終に退転して、清盛公菩提ノために古キ殿宇ヲ仏寺ニ造り、勝明寺と号す。
則清盛公の念持仏阿弥陀如来を本尊と称し奉るなり。」
現在、勝明寺の門前に「清盛公舊蹟勝明禪寺」の碑が建っています。 なお、「中古京師内外地図」では清盛の邸宅である「西八条殿」が東寺の北方、現在の梅小路公園付近に描かれており、勝明寺の位置はそこから少し西へ離れています。
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[4] | 「光」の脱字と思われますが、原文のまま表示します。 |
[5] | 「都名所図会(巻之四)」の松尾社の項に以下の記述があります。 「舎利殿 本社の南にあり」 |
[6] | [广]は[磨]の略字で、須磨町通は現在の今出川通になります。 |
[7] | 「都名所図会(巻之三)」の祇園社の項に以下の記述があります。 「元三大師は神殿東の庇の間にありしが、安永七年絵馬堂の西にうつす」 |
[8] | 「都名所図会(巻之二)」の菅大臣社の項に以下の記述があります。 「大師堂 元三大師自作の像を安置す」 |
更新日:2022/09/17