吉祥院天滿宮略縁記

夫　天滿宮御社北野[は]申に及はす所〻の御社たりとも 神徳（しん[と]く）はむかしも今も仰崇（あをきあかむ）へし就中（なかんづく）菅家御一同 別る御尊信（そんしん）あら[せ]■■しは當吉祥院の御社なり其 由緒（ゆいしよ）と申は　天滿宮の御祖父左京太夫菅原菅原清[公]（きよ[と]も）卿（けう）は 和漢（わかん）の誉（ほまれ）高（たか）く本朝の文章（もんしやう）博士（はかせ）にて学校（がくこう）聖堂（せいとう）等 御殿の地に造立（そう[り]う）あらせられ候は則今の御社地なり于時 延暦（ゑんりやく）廿三年遣唐使（けんとうし）に撰（ゑらは）せられし候唐土（とうと）へ御渡海（とかい）の 折節明��（みんしゆう）といへる所近く海上（かいしよう）悪風（あくふう）にはかに吹（ふき）驚濤（きやうとう）激波（けきは） 大に起り御舩すでにくつかへらんとす其時叡（ゑい）山の開祖（かいそ）傳教（でんきやう）

大師求法（ぐほう）のため入唐（につとう）御同舩にて清公卿のため大吉祥天女を 御祈（いの）りありし此天女は所求（しよく）成就（しようしゆう）の尊天にましませは忽（たちまち）に 尊容（そんやう）示現（じけん）し給ひ御舟擁護（いようご）ありて風波速（すみやか）に治（おさま）り明州に つゝかなく着（つき）給ひ　天使御勤（つとめ）あらせられ御帰朝（きちやう）有し後大師と 御誓願（せいくわん）ましまし此尊像（そんそう）を造（つく）[り]学校（か[く]こ[う]）の傍（かたはら）に勧請（[く]わんしやう）なし御尊信 有しとなん扨御子參儀（さんぎ）^[1]菅原是善（せせん）卿（[け]う）おなしく和漢博識（はくしき）に渡（わた） らせられしか御子[おはし]まさゝりしを深く歎（なけ）き天女の 尊像[を]御祈念（）あらせられしか天童（とう）を授（さつ）け給ふと御告あ りし御子即（すなはち）　天滿宮の御事にて世の人普（あまね）く知（しる）所也 筑紫（つくし）におひて薨去（こうきよ）■後　朱雀帝の御宇御社を此地に

勧請（くわんしやう）あらせられける此御社は吉祥院の御霊（[み]たまや）となむ扨十月 の御八構（みはつこう）は延暦年中より被始（はしめられ）　菅神御在世（さいせ）にも被為行 しとそ又二月の御八講は　菅神御忌日にて　鳥羽帝の御宇 天仁二年御夢の告によ[り]て吉祥院にて御八講あり菅家の 方〻参りてこれを為^[2]行けると此料には加賀国柴山の庄をな かく八講の料所と定（[さ]ため）置れしと古き記録（き[ろ]く）にも[見]へたりされは院 坊数多（あまた）有けん其後とても足利（あしかゝ）将軍の御代には七百石の御朱印 并に年〻八講料は別に三百石を付おかれ代〻菅氏の長者守護 有しよし時移（うつ）り世かわりて院坊も不残（のこらず）傾㾱（けいはい）なして　天滿宮 の御社吉祥天女の御堂のみ今に残り吉祥院村と申て村中の

産（うぶ）すな氏神と仰（あをき）殊に渡海（とかい）の輩は深（ふかく）信仰（しんかう）すへきの尊天なり 况（いわん）や菅家御一統御尊信にて今に二月廿五日御八講あらせられ 年〻叡山の僧侶（そうりよ）菅家の方〻御出座ありて被為^[2]行益（ます／＼）菅家御 一統の氏寺と崇（あかめ）奉る御社は此聖廟（せいひやう）也

右吉祥院社略縁記■諸本文之次㐧にて一千歳久遠なり といへとも㚑験（れいけん）は■[あ]■■なり然■■追〻大破に及ひ

神慮（しんりよ）の程も恐入御遠忌（ゑんき）に[も]近付候得は此度諸方御有信の 方〻勧進（くわんじん）なし　菅家之御殿方^え相伺村方一統取懸り 京都其外御心信の方〻御世話之儀御頼申入惣御修覆 仕度各様随㐂（すいき）の御■■つて御加入御寄進（きしん）之儀偏に希候也