二十二社
上七社
まつの お たい しゃ
松尾 大社
主祭神
住 所
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備 考

 松尾大社の社殿は松尾山の麓にあるが、山全体が松尾大社だといえる。 『古事記』によれば、祭神・大山咋おおやまぐいのかみは、別名「山末之やますえの大主おおぬしのかみ」といい、「近江の日枝山(現在の比叡山)と葛野かどのの松尾に坐す」神。 この記述から大山咋神は、太古の時代から松尾山に鎮座していたことがわかる。 そこに暮らす人々が、山全体をいわゆる〝山の神〟、生活の守護神として信仰していたのがこの神社の始まりだ。

 社殿の造営は701年。 秦氏によって建立される。 秦氏とは朝鮮半島からやってきた渡来一族のことで、彼らは保津峡を切り拓き、大堰おおい(ダム)を建設。 農業や養蚕、機織はたおりなどを日本にもたらした。 その1人、はたの忌寸都理いみきとりが文武天皇の勅命を受けて社殿を建立。 同時に山の頂上にある磐座いわくらに神霊をうつし、自身の娘・知満留女ちまるめ斎女いつきめ(神に仕える少女)として奉仕させたといい、以降、明治時代に至るまで秦氏の子孫が代々神職を務めた。

 その秦氏の特技が酒づくり。 秦氏の氏神でもあった松尾大社は室町時代以降、日本一の酒づくりの神と仰がれ、現在でも境内にはたくさんの酒樽が奉納されている。 また、境内の亀の井から湧き出す水を酒づくりに用いると腐ることがないともいわれており、各地から醸造業者が訪れる。

出所:『日本の神社100選』から抜粋

更新日:2019/02/11