法然上人二十五霊場 第二十三番 |
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浄土宗 大本山 本尊 阿弥陀如来 |
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清浄華院(しょうじょうけいん)は、平安時代の貞観二年(八六〇)、清和天皇の勅願により慈覚大師が御所内に御内仏殿の造営に着手せられ、同五年落成、禁裏内鎮護国家道場として発足したのがはじまりである。
当院は創建以来、天台・真言・仏心・戒律の四宗兼学の道場であったが、後に後白河・高倉・後鳥羽の三天皇が、浄土宗の開祖法然上人を戒師として御受戒をなされたという縁により当院を法然上人に賜わったのである。 従って当院では法然上人を御内道場中興の祖、念仏の開祖第一世としている。
当院は久しく御所構内にあったが、その後市中を何箇所か移転した後、天正年間に豊臣秀吉が寺町通(当寺は東京極通)両側に寺院を集中移転させたが、そのおりに当院も現在地に移った。
当院は創建・転宗の経緯からもわかるとおり、皇室との関係が極めて深く、第八世の敬法大僧正は伏見天皇の皇孫で尊熈親王の子息、第十世の等熈国師は万里小路嗣房卿の子息である。
また当院の皇室との因縁の深さを反映して大殿右脇霊牌壇には清和・村上両天皇の尊牌をはじめ、敬法門院・開明門院の他、皇子・皇女等二十九方の御牌を奉安している。
当院の宝物としては、唐代普悦の筆になる「阿弥陀三尊像」(重文)、室町時代宅間法眼筆の「泣不動縁起絵巻」(重文)、民代方蘭披筆「渡宋天神尊像」、当院第五世向阿上人筆「浄土三部假名抄」等がある。
出所:『圓光大師 法然上人御霊跡 巡拝の栞』
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更新日:2015/03/03