西国三十三所 第十五番 |
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真言宗泉涌寺派 本尊 |
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天長年間(824〜33頃)、東寺で修業していた弘法大師がこの地に巡錫時、白髪の老翁に出会い、此地が観音菩薩の有縁の地なりと1寸8分の観音像を受けた。
大師は嵯峨天皇の勅諚を奉じて堂宇を建立、自作の1尺8寸の十一面観音像を安置した。
その後堂宇は整備され、後白河法皇持病の頭痛が平癒したこともあって、山麓に熊野権現が勧請され、新那智山として今熊野観音寺と名付けられた。
出所:『西國三十三靈場納経帖』
更新日:2019/09/14