西国三十三所 第二十一番 |
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天台宗 本尊 |
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村上天皇の時代、曽我部郷に宇治宮成という者がいた。
その妻は信仰心があつく京都から仏師感世を招いて聖観音像を彫刻させ、お礼に夫の葦毛の馬を与えて帰したが、邪見な夫は馬が惜しくなり待伏せして射殺し帰宅したところ、聖観音像の肌に白羽の矢が刺さり、鮮血が流れているのに驚き、罪を悔い、発心して堂宇を建立してその観音像を安置した。
秘仏であるが今尚胸に矢疵があるという。
出所:『西國三十三靈場納経帖』
更新日:2019/09/22