吉祥院天滿宮詳細錄 第五章 p147 - 152
|第五章 (7/10)|

別れを惜まれる中に何處よりか唐臼を搗く音を耳にせられ打驚き直ちに吉祥院を拜し、天神川に浴[1]ひて鳥羽街に出で南下し草津(今の下鳥羽)より乘舟し給ふ、 生涯は定まれる無く命は昊天にありと云ひながらも御心の中如何ばかり悲しくおほし召けむ行々跡をり見て一首の歌を詠みて北の方お政即ち吉祥女に贈り給ふ。

君が住む宿のを行々も
かか[2]くるゝ迄でもかへり見しはや

此時より當吉祥院の森を見の杜と稱するに至る 又此御歌にても吉祥女が此の吉祥院の森の邊に御住み給ひしことも明にするに足る。

(一)北野誌天神の古事卷物 干中
『吉祥院淸公遣唐使のとき傳慶にて浪あれしとき淸のため傳慶祈り申天女あらはれ舟をすくふ。 歸朝の後此兩人作天女其とき建立の地なり、菅神もすみ玉こと、左のときも此處より首す』
(二)國花萬葉記 干中
『吉祥院宮 東寺の方吉祥院村林の中に有云々菅左迀[3]の日も此より首し給ひて桂川の舟にうつり給ふと也。 別離の時よませ給ふ御歌

君が住宿のこずゑをゆく/\も
かくるゝ迄にかへり見しはや』

(三)雍州府志 干中
[4]吉祥院 左月亦自茲處
『吉祥院 筑紫貶謫日亦自斯院首於草津乘云々』
『又菅神亦吉祥院此處(草津)乘晴故里の杜の木末行々茂加具留々氐爾眺杜也禮之詠歌依之此處稱見杜』
(四)津きねふ七 干中 貞享初年北村季吟著
『吉祥院 唐橋の南東寺の未申に森見ゆる其內なり 菅亟相の御影吉祥天女を安置す亟相の北の方こゝにおはす其故に吉祥女と申す北野の本殿三座の一也 吉祥天女に混すべからず諸々傳に功德天を吉祥天といへり至方能令下一衆生、受諸快樂
(五)扶桑京華志 干中 [5]文五年十月著
『古河 在下鳥羽西菅神貶在之日視吉祥院之舊宅有森木末之詠有見森』
『琴彈橋 在洛西久世卿[6]相傳菅眞貶在之時渡此哀家卿』中山氏の註に「菅久世の方へ御越になりしことなし之れもなり」とあり
(六)京羽二重織留卷四 干中
『下鳥羽の西古川あり いにしへ西國左の人多くは此川よりに乘て狐川に出侍ると、 菅神も流のとき吉祥院より此に來りに駕し給ひ時に古さとの森の木末をゆく/\もかくるゝまでに詠こそやれの詠歌あり 依之此の森を見の森と云』 註に曰く古川にあらず草津のなり
(七)各[7]都鳥 干中 元祿三年二月著
古川 紀伊郡 下鳥羽の西にあり いにしへ西國へ[8]サスラヒの人おほくは此川より舟に乘。 狐川に出づ菅亟相も又吉祥院より此處にきたり舟に乘給ふ時。 「我やどの(古さとの)杜の木末を行/\もかくるゝまでは詠社やれ」との詠歌此なり よつて見しの森と云有』 註古川と草津とのなり
『見の森 紀伊郡 西の岡古川のほとりにあり 菅亟相さすらひのときの詠歌ありしなり くはしく古川のに出せり
(八)畿歷覧記 干中
『此の七難田の宅に簾中田口氏を移さる、左筑紫の前夜名殘りをしみに此のに一宿あり自像を寫し玉ふ世、[9]に傳る一夜白髮の像是也、 朝出玉ひ上鳥羽の東、古川の渡と云へるよりに乘り玉ふ此のは古より西國へ流さるゝ人の舟に乘れるとみえて家物語にも見たり 天神此のにて君が栖む宿の木末をゆく/\もかくるゝまてにかへりみしかなと詠し玉ふ 其のを見かへりの森と云ふ
(九)雍州府志一 山川門 干中
『古川 在下鳥羽西古赴西國人自難波神亦左日自茲乘吉祥院杜云草津亦斯邊也』 註草津より乘する者も必ず古川に立寄り一時休み又に乘りかへらるゝこともあればなり。
『見杜 在西岡古川邊菅神貶謫時出吉祥院斯處故園樹歌也』

當地より左につき給ひしが御夫人北の政は淚ながらに成人せる御子の住み給ひし紅梅殿の御整理をなし給ひ吉祥院にてさびしく悲しき年月をり給ひしなり。

(一)吉祥院天滿宮舊跡 干中
○北の政御屋敷跡 現今本社より南一町餘のに政町とて十數軒の民家散在す是れ即ち御屋敷跡なり。 北の政田口の御女宣來子にて當吉祥院に生れ給ひ當地にて世を去り給ひければ吉祥女と申し上ぐるもうべなり。
(二)同前 干中
○御政の御墓 右政町の西端田園中に小塜ありお政の御墓と云ひて存し現今塜上に大日如來を安置して禮拜供養も行ひつゝあり。
(三)山城四季物語 干中
『九月四日北野天神祭の事
御寶殿三座の神なり、中ハ天滿天神(菅相亟[10])東ハ中將殿(菅三品嫡子)西ハ吉祥女、是菅亟相の北の御方なり京童の吉祥天女と心得たるはあやまりなり、 都の西南吉祥院に住給ひし故の御名也』
[1]「浴」に似た少し違う字ですが、そもそも「沿」の誤記のように思われます。
[2]「か」が一文字余分ですが、原文通り表記します。「隠るるまでも」
[3]「遷」の異体字「迁」の誤記と思われますが、原文を見たまま「迀」と表記します。
[4]「『」の表記漏れと思われますが、原文通り表記します。
[5]「寬」の誤記ですが、原文通り表記します。
[6]「郷」の誤記と思われますが、原文通り表記します。
[7]「名」の誤記ですが、原文通り表記します。
[8]「左」の誤記と思われますが、原文通り表記します。
[9]「玉ふ、世」の誤記と思われますが、原文通り表記します。
[10]「亟相」の誤記と思われますが、原文通り表記します。

更新日:2021/02/13