南山城古寺
第二番
じゅ ほう じ
開運山 寿宝寺
高野山真言宗
本尊 十一面千手千眼観音
住 所
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備 考拝観は事前申し込み要

 寺の創建は不明であるが、寺伝では文武天皇の慶雲元年(七〇四)創建と伝える。

 古くは「山本大寺(やまもとのおおてら)」と呼ばれ、七堂伽藍(しちどうがらん)を備えていたという。 たび重なる木津川の氾濫により移転を繰り返し、享保十七年(一七三二)現在地に移り、明治初めの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)に際しては、近隣の寺々を合併した。

 平成九年(一九九七)に改築を行った。

 現在は高野山真言宗に属し、千手観音立像(国の重要文化財)を本尊とする。

 この千手観音は等身大の素木造(しらきづくり)で、平安時代後期の像であるが、実際に千の手を持つ。 元はここから約一キロメートル南西にある式内社の佐牙(さが)神社の神宮寺(じんぐうじ)に祀られていたものである。

 神宮寺(恵日寺(えにちでら))が明治初めに廃寺となった際、五大明王のなかの降三世明王(ごうざんぜみょうおう)立像・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)立像(ともに平安時代後期)などとともにこの寿宝寺に移された。

 この他、聖徳太子立像(鎌倉時代・飯岡の蓮華(れんげ)寺から移された)など優れた仏像が多い。

 また境内にはめずらしい鶏霊碑があり、かつては毎年四月の酉(とり)の日に鶏霊祭が行われていた。

出所:『寿宝寺』京田辺市教育委員会/京田辺市文化財保護委員会駒札


 本当に千本の腕があり千手観音の三大名作のひとつ(他は唐招提寺と葛井寺)とされる観音像がある割には訪れる人が少なく、ゆったりと心行くまで参拝することができました。
≪本堂≫
 本堂には旧本尊の大日如来坐像が安置されています。
≪収蔵庫≫
 扉を閉めて上方から薄明かりの照明を当て、月明りで照らされたのと同じ状態の厳かな千手観音のお姿を拝観することができます。
 ご本尊が収納庫にあるというのは少し変な感じですが、「雨天又は多湿の場合保存上開扉致しません」の注意書きが示すように、貴重な仏像だからこそ頑丈な扉の収納庫の中で大切に保管されているのでしょう。

更新日:2018/01/03