京都時宗道場
第十番
し たい さん かわ ら いん かん き こう じ
紫苔山 河原院 歓喜光寺
時宗
本尊 阿弥陀如来[1]
住 所
電 話
URL
備 考別称:六条ろくじょう道場

歓喜光寺は、六条道場「紫苔山河原院」と号して時宗六条派の本山であった。 開山は一遍上人の従弟聖戒上人。 もとは京都府下八幡にあり善導寺と称していたが、帰依した九条忠教が正安元年(1299)、六条河原の源融公邸跡の土地を寄進して移らせ、「歓喜光寺」となった。 また、付近にあった菅原道真の社を境内に移し菅公像を安置した。 天正年間、豊臣秀吉の命により四条新京極錦に移転。 明治の神仏分離令で社は「錦天満宮」として独立した。 明治40年、東山五条にあった法国寺と合併、寺基をここに移した。 昭和50年、現在地に移転した。

出所:『京都時宗道場 遊行帳』

≪山門≫
 山門が閉まっていても右側の小門から入ることができます。(午前9時〜午後4時)
 現在の錦天満宮は歓喜光寺の鎮守社だったんですね。
≪本堂≫
 慶長6年(1601)建立の元・法国寺本堂です。 豊臣秀頼の母・淀君の二世安楽(現世と来世の両世において安楽を得ること)の為に建立されたと伝えられています。
≪地蔵堂≫
 扁額に「南無地蔵尊」とあり、堂内には南無地蔵が祀られています。 この地蔵尊はかつて五条坂鳥辺野の葬送地に安置されていて、人々が前を通り過ぎる際に「南無阿弥陀仏」と唱え回向したことから「南無地蔵」と呼ばれたそうです。

[1]遊行帳には「阿弥陀三尊」とありますが、『京都・山城 寺院神社大辞典』他の情報から「阿弥陀如来」としました。

更新日:2024/12/26