京都時宗道場 第十四番 |
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時宗 本尊 引接阿弥陀如来 |
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平安時代中期、空也上人が衆生済度の為念仏往生の浄土思想を拡める為、口称念仏を実践しました。 「南無阿弥陀仏」と六字の名号を唱えると、阿弥陀仏が現れると念仏の有難い事を拡めました。 平安京の東市の市姫大神が庶民の為、市場に集まる人々に念佛を進める様にと念佛堂が作られ、金光寺の開祖と成りました。 其の後300年後一遍上人が訪れて「空也上人こそ吾が師」と念仏賦算され以後、時宗市屋派の本山と成りました。
出所:『京都時宗道場 遊行帳』
![]() もとは七条堀川の北西(現在の西本願寺と興正寺の境内)にあり、平安京の東市(ひがしいち)の地にあったことから「市屋道場」と呼ばれました。 東隣の市比賣神社は金光寺の元鎮守です。 七条道場金光寺は別の寺院で、明治41年(1908)長楽寺に合併されて現存しません。 |
![]() 表札には「日本最初念佛道場 口稱踊躍土 開基 空也上人 金光明寺」と書かれている様に見えるのですが、金光寺を金光明寺とする情報は見つかりませんでした。 |
![]() 境内の写真撮影の許可をお願いしたところ、ご住職がわざわざ本堂の扉を開けてくださいました。 ありがとうございました。 |
更新日:2024/12/26